2011/04/08

無気力と締切りのはざま




ひと月経った。昨日も大きな余震があった。家の外にいたので気づかず。
仕事ヘの影響は、ページ割りやスケジュールなどで多少変更が出た程度。
今のとこ微々たるもので済んでる。でもこれから先は分からない。

毎朝起きるのが遅くなってる。
前向きにならねばという気持ちと
それを打ち砕くニュースが交互にやってくる。少し疲れた。

正直なかなか絵を描く気にもならない。
でも先日そんな弱音を吐いたら、方々から愛のムチが飛んだ。ありがとう。
分かってます。締切りは守ります。プロですから。
おれは絵を描くことでおれであるから。

仕事で絵を描くときは、初期衝動を火種にしつつ、
不特定な他者に「どう見えるだろう」という客観性で
磨きをかけながらベストな答えを探っていく。
しかし震災発生以後、その主語がかなり具体的になってきた。
大小問わずの「被災者」がどう感じるか、を考えてしまう。
震災とは全く関係ない絵を描いていても
色やフォルムや構図を選ぶとき、意識的にそこに何かを託してしまう。

人々が僕の絵を見る確率はかなり低いだろうし、余裕もないだろうし。
結果的にそんなこと感じ取ってもらわなくても別に構わない。
そうでもしないとこちらがやってられないというだけのことなので。

ただ、今は「希望」とか「大丈夫」といった“記号”は描けない。